三大欲求

飯が食えない。腹が減る感覚はあるがいざ食べ物を前にすると吐き気がして腹に収められない。また食べられたとして、とてもとても平らげるという言葉とは対照的な結果が残る。

常に眠い。寝たい時に寝れない。普段は薬の力を借りてなんとか眠りについているが寝れない寝れないと焦れば泥濘にはまり寝つけず苛立ちから過剰摂取をしてしまう。電車内で寝ている人や机に突っ伏している人々が酷く羨ましい。

性的なことに吐き気を覚える。たいそう幼稚だと自覚はしているが、本当に性的なことに対しての苦手意識が抜けない。強いていえば髪の毛が好きくらい。絵画なら別の視点に目が行くので見れなくもないのだが所謂エロ絵的な物も芸術作品としてしか見れない。

さて、人間には所謂三大欲求と呼ばれるものがあるのはご存知だろう。自分も一応人間として生を受けたからにはその欲求その物が内在はしているのだが、どうにも体がそれを上手く昇華できないようだ。今も眠いのに眠れずスマートフォンに向けて指を走らせている訳で。さっきは小腹が空いたからスティック状のフィナンシェを食べた。口に含めばアーモンドの香りとしっとりとした質感、甘み、柔らかな舌触りが迎えてくる。甘い。確かに甘い。フィナンシェは大好きだ。だが、先日の記事の通り、悲しいかな美味しいとは思えない。食べ物に付随した記憶が呼び起こされて気持ちが暗くなる。コンクリートみたいだ。コンクリートは食べた事ないのだが。

眠れない美味しくない気持ち悪いと帰結してしまう理由は割と思い当たる。睡眠と食事は過去それなりに人並みにはそれらしくできていたのだが、ある時自分の精神が完全に振り切れてしまった出来事がありそれ以降睡眠が真っ先に取れなくなり、次いで嘔吐を繰り返すようになって食事を楽しめなくなったように思う。
では性欲は?と聞かれると正直書けない理由が死ぬほどある。少なくとも睡眠と食事よりは明確な理由を見つけ出せておりだからこその絶望がある。

過去こんなことがあった。
「今あなたとセックスしたいと思いました」
通話越しに言われて訳が分からなくなった。相手は20代の女性。僕はインターネットという仮面の上で成り立つ人間関係が好きでだからこそあまり踏み入ったりしないような暗黙の了解ギリギリの話題やリアルの繋がりがないから言えることを述べていたりした。だから、とてもこの言葉に恐怖した。相手はどうも冗談で言っているようではないらしい。その場限りで取り繕って笑ってみたり問いただしてみたり。彼女は僕に今までそう思ったことは無いが、その時の会話で僕にそう思ったらしい。何を話していたかさえもう思い出せないのだが。健忘に近いのかもしれない。よく薬で記憶を飛ばしてしまうし。

端的に言うと、これは真っ直ぐに僕の地雷を踏み抜いた。訳が分からない。何故?何故そこに僕が?なんで?と思う他なかったし、気持ち悪いという感情が率先した。分からねぇ。本気で。気分が良くなるとかそういった好奇心が無いでもない。でもそれに対して他人を巻き込んだりするのが分からないのだ。いや別に子供が欲しい訳じゃないし。ただ相手が善がっているのを楽しそうに見れる気もしない。むしろそういった物を狙った何某には本当に吐きそうになる。だから避けているのだが、どうにも、この時だけは予期せぬ事態に頭が朽ち果てて行くのを感じた。

同様。先日はとある場所へ赴いた。所謂学園祭だ。その学校の楽しさ、面白さが見れるのも確かに見所だが僕はその学校の叡智に触れられるのが楽しみで楽しみでしょうがなかった。実際、その面に関しては何一つ嫌な気分はしなかったのだが。人混みで唐突に声をかけられた。
「ねぇ、君男の子?女の子?芸能とか興味無い?」
何かしら特徴的と思われる挨拶をしてきた相手は俺にそう問うた。こいつ絶対頭悪いだろ。と思いつつも俺は混乱した。何故これ程多く人が溢れかえっている中で俺を選んだんだ。
「えへへー、こう見えてですねー、男の子なんです〜」
驚くなよ。お前が振った話題だろうが。と相手を見ていればあからさまに視線が俺の胴体より下に落ちたのが分かった。ははぁ。こいつさては本当に馬鹿だな?
「えー!ウソマジで!?いやでも俺ゲイでさ」
嘘つけ。
奴は執拗にLINEの交換やインスタの画面を見せてきたりと連絡先をなんとか入手しようと必死に見えた。
「男の人とか興味無い?そっち系の友達もいるからさ!紹介するよ!」
「いや〜人とかあんま好きじゃないんすよね」
こんな攻防がしばらく続き、奴は諦めた。俺は適当を抜かしたつもりだったが案外心に刺さるものがあった。要はナンパされたのだと理解してから苛立ちや怒りがふつふつと湧いてきた。まず性的指向を笠にするなや。お前絶対違うだろ、とか。お前はこの学校の学生じゃないとか、芸能という言葉を使って何をしようとしているのかとか。想像に難くはなかった。腹が立つ。隣に居た本当にこの学校の学生(ナンパ師談)は法学部の生徒だったそうで、あまり奴と雰囲気が近いようには思わなかった。そして奴の名前も呼ばなかった。深い仲じゃない。振り回されているこの生徒さんがかわいそうだ。と。次々に感情が湧いてきた。その後は口直しのように知識を貪り、満足して一日を振り返った電車の中でただ一つだけ思った。

あぁ俺 人に興味持ってる人間に嫉妬してんだ。

友達とか。そうじゃなくて。何ら内面のひとつも情報を持っていない相手に興味を湧かせられる人に憧れを抱いたのかもと。刹那そう思った時酷く自分を醜く思った。嫉妬か?本当に嫉妬なのか?そもそもこれ相手は褒められた行為してないぞ。考え直せ。ショックで錯乱してんだ。落ち着け。


性的欲求が100%欠乏していると言ったら違うだろう。僕は髪の毛が好きだ。髪の毛を愛している。恐らく次点で歯。それもしっかりと人間のもので。これは愛だと思うのだが、何かしらが欠落した物に思える。
僕は幼稚だから、何かしらショックな事があれば人に抱きしめて貰いたい。頭を撫でて貰いたい。ただ僕の味方をしていると表して貰いたいのだ。温かさを感じたい。温もりは髪の毛には無い。ほんのり柔らかくて温かいが、とても僕を包むだけの力はない。指先で触れて泣きそうになる。食んで絶望する。人に触れたい。しかしそれは、性的な欲求ではない。明らかだ。承認欲求から来ている。僕を認めて愛して欲しい。恐怖から救って欲しい。ただただ一瞬だけでいいから、と。また今日も部屋の隅で画面を見つめながら呆然とするのだ。

布団が僕を拒む時間がやってくる。布団が僕を離してくれない。それは慈愛に満ちたものではなくその場に束縛する冷たさだ。眠れない日夜に僕を刺す。眠れないくせにこの場に留まるなと言われている気がする。するだけなのは僕が1番分かっている。こうしてまた薬物の乱用に走る。何も乱用は麻薬だけが対象ではない。風邪薬だって服用法を間違えれば乱用だ。

髪の毛は乱用に含まれるのだろうか?

あの時のナンパ野郎にそう問いかけてやったら俺に笑いを提供してくれたのだろうか。